近赤外線分光法(NIRS)を用いた精神疾患の診断
うつ病などの精神疾患や、不安などのストレス状態の診断は、問診や心理検査など主観的な手法に依存することが多く、脳活動のような生理指標による診断手法の開発の必要性が指摘されています。そうしたなか、2009年に厚生労働省から先進医療の承認を受け、新しい精神疾患の診断法として注目されているのが、福田正人氏のINRSを用いた診断法です。
言語流暢性課題(verbal fluency task)を行っているときの前頭葉の活動パターンにおいて、うつ病患者のNIRS波形は、健常者に比べて振幅が著しく減衰することが明らかになり、双極性障害の患者はピーク振幅にいたるまでの潜時が長く、統合失調症の患者は課題の要求とは異なる不規則で非効率なタイミングで前頭葉が活動することが示されました。
また、心的ストレスの状態をNIRSで診断する手法も開発され、暗算課題を行っているときの前頭葉活動の半球非対称性から心的ストレスの大きさを診断できることが報告されています。その実験では、右半球優位な活動パターンを示した被験者は、暗算課題遂行中に心拍など交感神経活動の上昇が大きいことが明らかにされました。また、アロマ療法など心的ストレスを軽減する心理療法を施すことにより、前頭葉活動の半球非対称性パターンが右半球優位から左半球優位へと変化し、それに伴い心拍上昇が抑えられることも知られています。
言語的ワーキングメモリ課題と空間的ワーキングメモリ課題を遂行しているときの前頭葉活動をNIRSで計測し、両課題間のバランスの違いから被験者の気分状態を推測できるとの報告もあります。
以上がすべて被験者に何らかの課題を行わせたときの前頭葉の活動変化から被験者の心的状態を推測しているのに対し、安静時の前頭葉の活動をNIRSで計測し、機械学習のアルゴリズムを用いることにより被験者の状態不安(state annxiety)を推測できることが報告されています。安静時の脳活動から心的状態を推測する診断法は、重度な認知症患者などの課題遂行が困難な被験者にも用いることができるため、今後の発展が期待される診断方法です。