過去におけるインフルエンザ・パンデミック

インフルエンザ・パンデミックと考えられる流行の記録は1800年代ころからありますが、パンデミックの発生が科学的に証明されているのは1900年ころからです。

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過去におけるインフルエンザ・パンデミック

インフルエンザ・パンデミックと考えられる流行の記録は1800年代ころからありますが、パンデミックの発生が科学的に証明されているのは1900年ころからです。20世紀に入って以降、1918〜19年、1957〜58年、1968〜69年と3回のパンデミックが記録されています。それぞれは、スペインインフルエンザ(原因ウイルスはA/H1N1亜型)、アジアインフルエンザ(A/H2N2亜型)、香港インフルエンザ(A/H3N2亜型)とよばれていますが、それぞれが異なる様相を呈しました。また、最近1889〜1891年にもH3N8によるパンデミックが発生していたとの報告(Taubenberger J, 2006.)があります。

・スペインインフルエンザ(1918〜1919)
第一次世界大戦中の1918年に始まったスペインインフルエンザのパンデミック(俗に「スペインかぜ」と呼ばれる)は、被害の大きさできわだっています。世界的な患者数、死亡者数についての推定は難しいのですが、患者数は世界人口の25-30%(WHO)、あるいは、世界人口の3分の1(Frost WH,1920)、約5億人(Clark E.1942.)で、致死率(感染して病気になった場合に死亡する確率)は2.5%以上(Marks G, Beatty WK, 1976; Rosenau MJ, Last JM, 1980.)、死亡者数は全世界で4,000万人(WHO)、5,000万人(Crosby A, 1989; Patterson KD, Pyle GF, 1991; Johnson NPAS, Mueller J, 2002.)、一説には1億人(Johnson NPAS, Mueller J, 2002.)ともいわれています。日本の内務省統計では日本で約2300万人の患者と約38万人の死亡者が出たと報告されていますが、歴史人口学的手法を用いた死亡45万人(速水、2006.)という推計もあります。

スペインインフルエンザの第一波は1918年の3月に米国とヨーロッパで始まりますが、この(北半球の)春と夏に発生した第一波は感染性は高かったものの、特に致死性ではなかったとされています。しかしながら、(北半球の)晩秋からフランス、シエラレオネ、米国で同時に始まった第二波は10倍の致死率となり、しかも15〜35歳の健康な若年者層においてもっとも多くの死がみられ、死亡例の99%が65歳以下の若い年齢層に発生したという、過去にも、またそれ以降にも例のみられない現象が確認されています。また、これに引き続いて、(北半球の)冬である1919年の始めに第三波が起こっており、一年のタイムスパンで3回の流行がみられたことになります。これらの原因については多くの議論がありますが、これらの原因については残念ながらよくわかっていません。

1918年の多くの死亡は細菌の二次感染による肺炎によるものであったとされていますが、一方、スペインインフルエンザは、広範な出血を伴う一次性のウイルス性肺炎を引き起こしていたこともわかっています。非常に重症でかつ短期間に死に至ったため、最初の例が出た際にはインフルエンザとは考えられず、脳脊髄膜炎あるいは黒死病の再来かと疑われたくらいです。

もちろん当時は抗生物質は発見されていなかったし、有効なワクチンなどは論外であり、インフルエンザウイルスが始めて分離されるのは、1933年まで待たねばならなかったわけです。
このような医学的な手段がなかったため、対策は、患者の隔離、接触者の行動制限、個人衛生、消毒と集会の延期といったありきたりの方法に頼るしかありませんでした。多くの人は人が集まる場所では、自発的にあるいは法律によりマスクを着用し、一部の国では、公共の場所で咳やくしゃみをした人は罰金刑になったり投獄されたりしましたし、学校を含む公共施設はしばしば閉鎖され、集会は禁止されました。

患者隔離と接触者の行動制限は広く適用されました。感染伝播をある程度遅らせることはできましたが、患者数を減らすことはできませんでした。このなかでオーストラリアは特筆すべき例外事例でした。厳密な海港における検疫、すなわち国境を事実上閉鎖することによりスペインインフルエンザの国内侵入を約6ヶ月遅らせることに成功し、そしてこのころには、ウイルスはその病原性をいくらかでも失っており、そのおかげで、オーストラリアでは、期間は長かったものの、より軽度の流行ですんだとされています。その他、西太平洋の小さな島では同様の国境閉鎖を行って侵入を食い止めたところがありましたが、これらのほんの一握りの例外を除けば、世界中でこのスペインフルから逃れられた場所はなかったのです。

・アジアインフルエンザ(1957-1958)
1957年に始まったアジアインフルエンザは、スペインインフルエンザより若干軽症のウイルスによって起こったと考えられています。また、このころにはスペインインフルエンザの時代以降の医学の進歩もあり、インフルエンザウイルスに関する知見は急速に進歩し、季節性インフルエンザに対するワクチンは開発され、細菌性肺炎を治療する抗生物質も利用可能でした。またWHOの世界インフルエンザサーベイランスネットワークはすでに10年の稼働実績がありました。

1957年2月下旬に中国の一つの地域で流行が始まり、3月には国中に広がり、4月中旬には香港に達し、そして5月の中旬までには、シンガポールと日本でウイルスが分離されました。1週間以内にWHOネットワークは解析を終了して新しい亜型であることを確認後、世界にパンデミックの発生を宣言しました。ウイルスサンプルは即座に世界中のワクチン製造者に配布されました。

国際的伝播の速度は非常に速く、香港への到達後6ヶ月未満で世界中で症例が確認されました。しかしながら、それぞれの国内ではかなり異なった様相を呈し、熱帯の国と日本では、ウイルスが入ると同時に急激に広がり、広範な流行となりました。欧米では対照的で、ウイルスの侵入から流行となるまで少なくとも約6週間かかったとされています。疫学的には、この間に静かにウイルスが播種(seeding)されていたと信じられています。すなわち、あらゆる国にウイルス自体は侵入していたものの、感染拡大のタイミングが国によって異なっていた、ということです。この理由は定かではありませんが、気候と学校の休暇の関係だったと考えられています。

一旦流行が始まると罹患のパターンはどこの国もほとんど同様で、スペインインフルエンザの第一波の時のように膨大な数の患者と爆発的なアウトブレイクの発生がみられましたが、致死率はスペインフルよりもかなり低かったとされています。死亡のパターンは、季節性インフルエンザと同様、乳児と高齢者に限定されていました。第一波では患者のほとんどは学童期年齢に集中していました。第一波の終息後2〜3ヶ月後、より高い致死率の第二波が発生しましたが、これは主に学童中心だった第一波と異なり、第二波では高齢者に感染が集中したためと考えられています。このパンデミックにより世界での超過死亡数は200万人以上と推定されています。

・香港インフルエンザ(1968-1969)
1968年に始まった香港インフルエンザは、アジアインフルエンザよりさらに軽症であったと考えられています。初期の国際的な伝播はアジアフルに類似していましたが、世界のいずこでも臨床症状は軽く、低い致死率でした。ほとんど国では、その前のパンデミックにみられたような爆発的なアウトブレイクはなく、流行の伝播は緩やかで、学校での欠席や死亡率に対する影響は非常に少ないか、全くありませんでした。そして、医療サービスへの負荷もほとんどみられず、インフルエンザに起因する死亡は、実際前年の季節性インフルエンザよりも少数で、世界での超過死亡は約100万人でした。

この原因については、直前のパンデミックがH2N2亜型であり、香港フルのH3N2とN2を共有していたため、これに対する免疫が防御的に働いたとの説が多くあります。また、H2N2に対するワクチンにより、H3N2感染を54%減少させたという報告(Eickhoff TC, Meiklejohn G. 1969.)もあります。また、1889年に発生したH3N8亜型によるパンデミックにより、これに対する免疫をもっていた高齢者は守られたという報告もあります(Taubenberger J.2006.)。

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